【対談】育休をスキルアップの機会に。個人と組織をアップデートする育休戦略 | 前編

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組織で働く個人が”職業生活と家庭生活を両立できるよう支援する”ためにある「育児休業(以下、育休)」。令和4年4月からは、改正育児・介護休業法が段階的に施行され、男女に関わらず、子どもの誕生というライフイベントに際して育休を取得する社員が一層増加していくでしょう。

そのようにして、育休の取得とその後の仕事の継続が”当たり前”になっていく中で、育休の過ごし方も多様化しています。家事・育児にほとんどの時間を割く人が多い一方で、復職後に備えて必要な学びを手にしたいと考えている人も増えつつあります。

多様化する育休中の過ごし方ニーズを機会と捉え、企業側も育休を取得する社員に新しい選択肢を提示していくことができないでしょうか。人材の「継続的な学び直し」が必要と言われる現在において、社員が求めるのならば、”育休中の学び”は個人にも組織にも可能性のある選択肢になります。

そこで今回、「社員と組織をアップデートする育休戦略」をテーマに、株式会社学びデザイン 代表取締役社長の荒木博行さんと、株式会社NOKIOO取締役でありオンラインスクール『育休スクラ』の事業責任者である小田木朝子が対談しました。

プロフィール

株式会社学びデザイン 代表取締役社長
荒木博行氏

住友商事、グロービス(経営大学院副研究科長)を経て、株式会社学びデザインを設立。フライヤーやNOKIOOなどスタートアップのアドバイザーとして関わる他、絵本ナビの社外監査役、武蔵野大学で教員なども務める。 著書に『自分の頭で考える読書』、『藁を手に旅に出よう』、『見るだけでわかる! ビジネス書図鑑』、『世界「倒産」図鑑』『世界「失敗」製品図鑑』など多数。 Voicy「荒木博行のbook cafe」、Podcast「超相対性理論」のパーソナリティ。

どんなに努力しても以前より成果が出ない、復職したときに誰もがぶつかる”あの壁”の正体

荒木 博行 さん(以下、荒木):最近ようやく、「育休」は女性だけでなく男性も取得するものという社会的なイメージができてきましたね。昨年の法改正で男性の育休に注目が高まったことが要因だと思います。女性も子育てをしながら働くことが一般的になり、夫である男性も育児をしましょうという風潮ができあがりつつある気がします。

小田木 朝子(以下、小田木):私が第一子を出産したのは約10年前ですが、たった10年で出産・育休を取り巻く環境は劇的に変化したなと思います。

荒木:昔は、結婚したら会社を辞め、家事や育児に専念するのが女性にとっての幸せだというステレオタイプな考えが浸透していましたよね。私が社会人生活をスタートした頃もその風潮は強く、社内結婚がとても多かったのを覚えています。

小田木:現在は、女性が結婚しても出産しても、仕事を継続するのが当たり前な世の中になりました。男性の育休取得率も少しずつ上がっています。ただし、長期にわたって育休を取る男性はまだまだ少ないのが現状です。そこで、ここでは女性にとっての育休期間の過ごし方にフォーカスして話を進めたいと思います。

荒木:わかりました。育休期間の過ごし方を考える上では、育休復帰後の仕事がどうなるのかを考える必要がありますね。一般的には、育休前と育休後ではそのルールがガラッと変わってしまう。そこに適応できずに苦しむ人が多いような気がします。

小田木:わかります。私が第一子の出産から復帰したときにぶつかったのは、「圧倒的な時間不足」の壁でした。とにかく時間が足りないんです。今振り返ると、出産前の残業ありきの仕事のやり方のまま頑張ろうとしてしまったことが原因ですが、当時はそんな気づきもなく。「自分は頑張っている」と思っていましたし、今まで通り残業しながら仕事をする仲間に嫉妬の感情すら持って、完全に空回りし辛かったですね。

荒木:そうだったんですね。この現象って、毎月のお小遣いが減額されるのと似ている気がします。今まで1万円もらえていたのに、「はい、今月からは2,000円ね」っていきなり言い渡される感覚です。周りの友達は今までと変わらず1万円もらっていますから、自分より高価なモノを持っていますし、値段を気にせず好きなものを買えますよね。そうなると友だちに嫉妬して当たり前だと思うのです。育休に入る前は、時間という貴重なリソースをわりと気兼ねなく使えていました。それが、出産や育児というライフイベントに向き合う中で、残業やフルタイムの働き方が難しくなってしまいます。無限にあると思っていた時間が無限でなくなってしまった。つまり、お小遣いが1万円から2,000円に減ってしまった状態になったということだと思います。

小田木:まさに、それです。「何で私だけ2,000円なの?」と周りをうらやむ気持ちがどうしても出てくるのです。やる気もあるし今まで通り努力しているのに、これまでと同じ成果を上げられないからです。当然、評価も上がりません。「こんなにがんばっている私を、どうして会社も上司も認めてくれないんだろう」そう考え、仕事へのモチベーションも急速に低下してしまいました。

荒木:「そりゃ1万円も持っていたら、そういう高価なモノも買えますよ。あなたたちは、いいですよね」と周りを妬ましく思う気持ちは、どうしても持ってしまいますよね。ただ、2,000円の中でやりくりする経験をしたからこそ、金銭感覚やお金に対する価値感が前よりよくなった、ということはあり得るのではないでしょうか。

小田木:そうですね。私も「時間でナントカする仕事のやり方に問題があった」と気づいてからは、この時間で何をするか、目的達成のために何に集中すべきか、1つひとつのタスクについてよく考えるようになりました。タスクに対する目利き力は相当上がったと思います。

荒木:いいですね。実は、1万円もらえてたことには弊害もあったのかもしれません。不必要なモノを買ったり、比較検討せずに勢いで買ってしまったり。この例えを仕事に置き換えると、時間効率の悪い働き方になっていた可能性があると思います。ですから一度、「リーン(贅肉を削ぎ落とすという意味)になる」ことによって、より価値ある仕事ができるようになれます。育休復帰後の業務時間が限られる時期は、「時間という価値に対する目覚め」ともいえます。この経験は、人間の成長においてとても重要なことですよね。

小田木:はい。私も出産というきっかけがあったからこそ、仕事のやり方を変え、チームで成果を上げるスキルを身に着けられました。人より少ない時間でしか働けない自分を責める気持ちも手放せました。「1万円生活だから優れているのではなく、2,000円でも豊かな生活ができることこそ素晴らしい」。そう気付いてから、自分の働き方に価値を見出せるようになったのです。

荒木:価値観を測るものさしが変わるのは、人間が成熟した1つのサインです。一方で、お小遣いを2,000円に減らされたときの落差は相当にしんどかったのではないでしょうか?うまく乗り越えられないと、ご本人にとってとても悲劇的な経験になってしまうリスクもありますね……。

小田木:そうですね。私も仕事のやり方が変わるまでのプロセスは、かなり大変でした。ですが乗り越えてみると、再現性のあるスキルだと気付いたのです。「誰でも身に着けられるスキルなら、誰か教えてくれれば良かったのに」と正直思いました。そうした機会に恵まれないことで、育休から復帰した人たちが私と同じ課題でつまずいてしまうとしたら悲しいことです。あるいはその辛いステージを乗り越えられた人だけが次のステージに行けるような世界感も残念ですね。出産によってライフステージが変わっても、誰もがやりがいを持って働き続けられるようになるために、企業側のアプローチがあっても良い気がするんです。独りでがんばらなくてもいい。仕組みで変えられる部分もきっとあるはず。そうした課題意識はずっと持っていましたね。

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